コラム

セミナーレポート
人的資本経営時代に問われる人事制度のあり方

2025/06/12

Index

  1. 人的資本経営とは?
  2. 人的資本経営における人事制度の役割と課題
  3. ジョブ型は万能薬か?戦略との連動が鍵
  4. 人事制度設計における具体的なポイント
  5. 将来の人件費シミュレーションの重要性
  6. 終わりに

6月6日に開催されたオンラインセミナー「人的資本経営に向けて、人事制度はこのままでいいのか?」。本コラムでは、当日の講演内容を振り返りながら、人的資本経営の観点から今あらためて見直したい人事制度の在り方について、考察します。経営戦略と連動した人事制度の必要性や、実践的な見直しの進め方など、現場で直面しがちな課題にも触れた内容をレポート形式でお届けします。

音声要約

セミナー内容を、NotebookLMの音声概要機能を使って要約しました。ポイントがわかりやすくまとまっていますので、ぜひご視聴ください。なお、一部に不自然な日本語表現が含まれている箇所がありますが、あらかじめご了承ください。

人的資本経営とは?

近年、「人的資本経営」という言葉を耳にする機会が増えていることと思います。これは、持続的な企業成長を目指し、人材を単なる「資源」として管理するのではなく、「資本」として捉え、投資を通じてその価値を最大限に引き出し、経営戦略と連動させて戦略的・組織的に実践する経営手法です。

従来の「人的資源管理」では、人材を効率的な企業経営のための管理対象とし、人件費をコストとして捉えていました。しかし、人的資本経営では、人材を価値創造の源泉である「資本」として捉え、人件費や人事施策にかかる費用を価値創造のための「投資」として位置づけます。

では、なぜ今、人的資本経営がこれほど注目されているのでしょうか。その背景には、グローバル化、デジタル化、少子高齢化といった避けられない外部環境の変化があります。このような環境変化に対応するためには、固定化した価値観を持つ組織では立ち行かず、高度なスキルを持つ人材や多様な人材の獲得、そして働き方の見直しが不可欠となります。経済産業省が公表した「人材版伊藤レポート」においても、人的資本経営の考え方が提唱され、注目度が一層高まっています。

人的資本経営における人事制度の役割と課題

人的資本経営においては、人事制度も従来の管理中心の施策から見直しが求められています。人事制度は、経営戦略の達成を推進するための重要な機能の一つと位置づけられます。

特に、上場企業を中心に人的資本に関する情報開示が推奨されるようになり、自社の現状を客観的に把握する機会が増えています。開示が推奨される項目には、研修時間や費用といった「人材育成」に関するもの、従業員満足度などの「従業員エンゲージメント」、離職率や採用コストなどの「流動性」、女性管理職比率や男女間賃金格差といった「ダイバーシティ」など多岐にわたります。

これらの情報開示を通じて明らかになる課題には、既存の人事制度が大きく影響しているケースも少なくありません。たとえば、男女間の賃金格差が大きい企業では、総合職と一般職の制度が分かれている、年齢給が残っている、上位等級を男性が占めているといった背景が見られます。また、女性管理職比率の低さには、長時間労働を前提とした制度設計や、管理職に登用されるまでに時間がかかる昇進制度などが影響している可能性があります。さらに、育児休業の取得率が低い理由としては、育休が昇格に不利に働く、報酬が減額されるといった制度的な要因が考えられます。

これらの課題に対する解決策としては、一般職制度の見直し、年齢給の廃止、役割やジョブに基づく等級制度の再設計、管理職への残業代支給、管理職の役割再定義、育休期間中の昇給の実施などが挙げられます。

ジョブ型は万能薬か?戦略との連動が鍵

人的資本経営の文脈では、グローバル化やデジタル化への対応、高スキル人材の獲得といった課題解決に向けて、「ジョブ型」人事制度との親和性が高いと言われています。ジョブ型では、「仕事」(職務価値)を基準に処遇を決定するため、属人的な要素を排除しやすく、必要なスキルを持つ人材を市場価値に応じて採用・配置しやすいという側面があります。人材版伊藤レポートでも、人事戦略上の優先課題としてジョブ型の促進や柔軟な人事制度の構築・運用が挙げられています。

しかしながら、ジョブ型がすべての企業にとっての“正解”とは限りません。人的資本経営の本来の目的である「持続的な企業の成長」を実現するためには、自社のビジネスモデルや経営戦略に基づき、必要な人材、人事施策、そして人事制度のあり方を考える必要があります。人事制度はあくまで経営戦略の達成を推進する機能であり、戦略との整合性が最も重要です。

たとえば、海外進出を進める製造業であれば、海外拠点強化のために必要なスキルを持つ人材を国籍問わず採用し、年齢や国籍に関係なく適材適所の人材配置を行い、ポジションに応じた処遇を行うために、ジョブ型要素を強める人事制度が必要になるかもしれません。一方で、人手不足が深刻な建設業など、豊富な現場経験や資格を持つ人材の定着・育成が戦略上重要であれば、長く働ける制度や有資格者優遇、定年延長といった、むしろ年功的な要素を強める方向が有効なケースもあり得ます。

このように、一般的に推奨されている人的施策が本当に自社に必要か、一度立ち止まって考えることが重要です。自社の戦略と必要な人材を明確にし、それに合わせた人事施策、そして人事制度をストーリーとして構築していくことが、人的資本経営を成功させる鍵となります。

人事制度設計における具体的なポイント

人的資本経営を実現するために、人事制度はどのように設計すればよいのでしょうか。
自社の経営戦略と連動した人事制度を構築するには、等級制度・評価制度・報酬制度といった各制度領域において、自社の課題に応じた設計の方向性を明確にし、それぞれの施策の有効性を測定するためのKPIを設定することが重要です。以下では、制度ごとの設計ポイントとKPIの具体例をご紹介します。

等級制度

労働人口減少や多様な働き方に対応するため、一律的なキャリア設計から脱却し、複線型の等級設計や、例外的な働き方を処遇する特別枠コースの設定などが考えられます。KPIとしては、限定社員選択率や属性別昇格者数・率などが考えられます。

グローバル化やデジタル化に対応するためには、職務等級制度の導入や専門職コースの設定、社内公募制や計画的ジョブローテーション施策などが方向性となります。KPI(中間指標)として、ジョブに基づく採用率や制度活用率、デジタル人材採用数などが考えられます。

評価制度

多様な働き方に柔軟に対応し、評価の作業自体よりも、部下との成長やキャリアに関するコミュニケーションを重視する方向性が有効です。評価基準のシンプル化や、成長・キャリアについて話し合うツールの設計などが考えられます。

グローバル化やデジタル化の文脈では、職務範囲や必要スキルの明確化(ジョブディスクリプションの作成)や、スキル活用に必要な能力項目(問題解決力、イノベーション力など)を評価基準に設定することが重要となります。KPI(中間指標)としては、評価分布や面談実施率、キャリアに関する対話時間、スキル習得度、イノベーション創出件数などが考えられます。

報酬制度

労働人口減少の中で、ベースアップや昇給の継続的実施は避けられない前提となる可能性が高く、市場との報酬水準の整合性や、負担・パフォーマンスに基づく内部公平性の担保が重要となります。中長期の人件費シミュレーションや市場を意識した報酬水準の設定、コース・等級・パフォーマンス別格差に基づく報酬設計などが方向性となります。KPIとしては、人件費上昇率や市場との報酬水準適合率、社内平均賃金格差などが考えられます。

グローバル化やデジタル化の文脈では、ジョブに基づく報酬や、グローバル標準やデジタル人材相場といった市場水準との整合性が重要となり、ジョブ別報酬レンジの設定や市場水準の変化に対応した報酬変更ルールなどが方向性となります。KPI(中間指標)として、グローバルサーベイとの水準適合率やデジタル人材離職率などが考えられます。

人事制度における最終的なKPI(結果指標)としては、従業員エンゲージメントスコアや離職率(社内からの評価)、採用予定者数充足率(社外からの評価)、そして人件費上昇率と収益(事業計画達成度)の相関(費用対効果)などが考えられます。これらは、年齢層、コース、職種、ポテンシャルといったターゲット別に見ていく必要があります。

将来の人件費シミュレーションの重要性

特に、少子高齢化が進む日本では、人件費は必ず上がり続けるという前提で考えることが重要です。数年先、あるいは10年先までの人件費シミュレーションを事前に実施することで、将来のコスト負担を把握し、必要であれば収益性の高いビジネスモデルへの転換など、経営戦略自体を見直すきっかけとなることもあります。

わりに

人的資本経営は、単に情報開示に対応するための形式的なものではなく、持続的な企業成長のために人材への投資を戦略的に行うことです。そのためには、画一的な人事制度を導入するのではなく、自社の経営戦略に照らし合わせ、必要な人材を特定し、その人材が活躍できるような人事施策や人事制度を策定していくことが不可欠です。

AIに人的資本経営について尋ねると、定義や一般的な課題、制度設計のポイントなどが示されますが、最終的に自社にとって最適な人事制度のあり方は、自社のビジネス、戦略、そして人材と向き合い、深く思考することによって見えてくるものです。ぜひ、この機会に自社の人事制度が、人的資本経営の実現に貢献できるものになっているか、改めてご確認いただければ幸いです。

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