コラム
生成AIを活用して”自分の言葉”を育てる ― 育成・評価の新しい視点
コラム記事
2025/08/29
AIと人間の文章の境界はどこにあるのか
AIの進化と「見分けにくさ」
近年、ChatGPTをはじめとするAIは、まるで人間が書いたかのような、自然で論理的な文章を作れるようになりました。
実は、このコラムもAIが下書きを作り、人間が整えたものです。もはや「AIが書いたのか、人間が書いたのか」を文章の見た目だけで判別するのは難しくなっています。
私たちは、生成AIを人事制度構築の実務にどう活用できるか、さまざまなトライアルを行ってきました。その一つが、成人発達理論をベースにした評価基準を作成し、被評価者が書いた文章をAIで評価するという取り組みです。
実際に複数の企業にご協力いただき、被評価者の方に記述式アンケートを書いていただきました。その中で、企業の担当者からこんな声をいただくことがありました。
この文章は本当に本人が書いたものなのか?AIで作成した可能性はないか?
そこで、被評価者の回答をAIチェックツールにかけてみたところ、概ね「人間らしい」という結果となりました。一方で、テストデータとして使用したAIに作成させた文章もAIチェックツールにかけてみたところ、面白い結果が出ました。
AIが書いた文章なのに「人間らしい」と判定される?
私たちは、成人発達理論でいうところの「個別主義者(Individualist)※」という段階の人物を想定して、AIに文章を書かせて分析してみました。その結果、AIが書いたにもかかわらず、多くのAIチェックツールが「人間が書いた可能性が高い」と判定したのです。
※この段階は、自分の価値観を大切にしつつ、物事を多角的にとらえて深く考えることができる段階です。組織でいえばシニアマネジャーや部長クラス以上の役職者に多く見られるレベルであり、発達段階の中でも比較的高い位置づけにあります。
なぜこのようなことが起こるのでしょうか?それは、発達段階が高い人の文章と、AIが作り出す文章には、いくつかの共通点があるからではないかと私たちは考えています。
発達段階が高い人の文章によく見られる特徴
- 抽象度が高い:「全体性」や「関係性」といった、より広い視点から物事を捉えた言葉が多い。
- メタ認知がある:「自分はこう考えるけれど、それはこういう影響があるかもしれない」といった、自分の思考を客観的に見る視点がある。
- 感情や信念が整理されている:感情的になりすぎず、理性的で落ち着いた表現になる。
- 論理が整っている:主張に一貫性があり、矛盾がなく、構成がしっかりしている。
実はこれらの特徴は、AIが学習する「優れた文章のパターン」と非常によく似ています。AIは、たくさんのデータから論理的で分かりやすい文章の書き方を学び、それを完璧に再現するからです。
「本物らしさ」はどこで見分けられるか
では、成熟した人間が書いた文章と、AIが生成した文章の本当の違いはどこにあるのでしょうか?
それは、「経験の具体性」と「感情の揺らぎ」にあると考えています。人間の文章には、完璧に整っていない「不完全さ」や、その人自身の「実体験」や「感情」がにじみ出ています。
- 具体的な出来事や場面の描写
- 喜びや不安、迷いといった感情の表現
- 明確な答えではなく、試行錯誤のプロセス
AIは、これらを表現として再現することはできます。しかし、それはあくまで過去の膨大なデータから「らしさ」を組み合わせているだけであり、AI自身が経験したわけでも、感情を感じているわけでもありません。だからこそ、人事評価や育成の現場では「その言葉が本当に本人の経験や感情に根ざしているか」を見極めることが大切になるのです。
AIを“思考整理のパートナー”にする
「AIかどうか」を見極めるより、「誰の言葉か」に注目する
これからの人事評価や人材育成では、AIを使ったかどうかではなく、「その言葉が、その人自身の体験や価値観に根ざしているか」を見極めることが大切になります。
AIの文章を参考にしても、まったく問題ないと思います。むしろ、AIが作った文章をきっかけに、本人が「この表現は自分の本音だろうか?」と自問したり、自分の体験を付け加えたりするプロセスこそが、その人の成長につながっていくのではないでしょうか。
AIを活用して、自分の考えを深める
人事評価や人材育成の場で、AIを「不正のツール」ととらえるのではなく、「思考のパートナー」として活用する時代が来ています。
たとえば、AIに以下のような問いかけをしてみることで、自分の考えを整理し、より深い内省につなげることができます。
- 「私が今抱えているこの問題について、異なる視点からどう考えられるか教えて?」
- 「この複雑な課題を、3つのシンプルなステップで説明するとどうなる?」
- 「私のこのアイデアについて、想定される反対意見にはどんなものがあるだろうか?」
AIは、膨大なデータを学習しているため、私たちとは異なる角度から物事を眺め、論理的に整理してくれます。AIが提示した文章をただ受け入れるのではなく、「なるほど、そういう見方もあるのか」「この部分は、私の考えと少し違うな」と、対話するように使うことが大切です。
このプロセスを通じて、私たちは「問いを立てる力」や「自分の考えを明確にする力」を養うことができます。
自分の言葉で語る、ということ
AIがどれだけ高度な文章を作成しても、そこには「その人の体験」や「感情の揺らぎ」は含まれません。これからの時代は、「AIを使って効率的に思考を整理し、最後に自分の言葉で語る」というスタンスが重要になります。
研修や評価の場で、参加者や被評価者には、ただ「AIを使いましたか?」と問うのではなく、「この文章の背景にある、あなたの具体的な経験や感情を教えていただけますか?」と問いかけることが、成長を促すカギになるでしょう。
AIをうまく使いこなし、自分らしさを失わない。そのバランスをどう取るかが、これからの人事・人材育成における大きなテーマになっていくはずです。
さいごに
生成AIは、人間のように「考え」「感じて」いるわけではありませんが、人間の文章を模倣し、思考整理や言語化の相棒として活用することができます。評価や育成の現場では、「AIか人か」を切り分けること以上に、その言葉が本人の経験や感情に根ざしているかを見極めることが大切です。
そして、AIで整えた文章をそのまま使うのではなく、そこに自分の言葉を加えていくことが、成長や成熟を促す新しい学びの姿勢になります。
AI時代に求められるのは、AIを拒否することではなく、AIを通じて“自分の言葉”を育て続けること。
それこそが、人材育成や人事評価の現場で、これからますます重要になる視点ではないでしょうか。
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