コラム

人事コラム:賃上げブームの舞台裏
近年の賃上げ動向と今後の予測~賃上げ傾向は続くのか?~

2024/04/18

近年の物価上昇と人手不足を背景に、2023年より一気に潮目が変わり、ここ30年で最高の賃上げ率となりました。ベースアップも多くの企業が実施しています。この流れは一過性のことではなく、しばらくは賃上げムードは続いていくと予想されます。しかしながら、この賃上げによる人件費の増加にいつまでも耐えうる企業ばかりかというとそうではありません。人件費全体を単に増やしていくのが難しくなる局面に今から備えていく必要があります。

このコラムでは、3回に分けて、昨今の賃上げブームの背景と企業が賃上げにどのように対応したらよいかについて、解説していきます。
 1.近年の賃上げ動向と今後の予測(本コラム)
 2.企業は賃上げにどう対応したらよいのか?
 3.賃上げに関する質問に答えます

今回は、近年の賃上げの動向と2024年春の段階で想定される今後の予測についてお伝えします。

Index

  1. 近年の賃上げ動向
  2. 賃上げ傾向の理由と今後の予測

近年の賃上げ動向

組合は春闘において過去最大水準の賃上げを要求しました。今年は2014年以降で最大の昇給が予想されています。労政時報のアンケート結果(「2024年賃上げ見通し」労政時報 2024年2月)から見た予測賃上げ額は11,399円、賃上げ率では3.66%です。2010年代後半は6・7千円程度の賃上げが普通だったことに比べると、去年が1万円超で大台を突破した形です。今年の賃上げ要求では(連合が1番母数として多いので例とすると)額が17,606円、率にして5.85%と昨年度を上回る要求となっています。5%要求というのは近年なかったことで、去年は4%台、その前は3%台だったことを踏まえると、今年はかなり思い切ったなという印象です。

これに対し、経団連は1月の段階で「考え方(昇給していかなくては、日本の給与は低すぎた)や方向性の一致」「真摯に議論」との見解を示しています。ここから想定されるのは、満額の妥結です。集中回答日の速報を見ても、多くの会社が満額回答かそれ以上、満額も2~3万円、企業によっては3万5000円という回答も見られました。今までは組合の要求に対して会社側は抑え気味に回答する形が多かったのですが、去年から潮目が変わり、今年は特に「受け入れるかそれ以上」の回答が多いです。今後の流れとしては、集中回答日を見て他の会社も最終調整に入り、会社が組合と妥結していく、そして中小企業も「3~4%かな、5%ではどうだろう」と決めていくのが大体の流れです。

早くも賃上げを決定した企業の動向

これまでは多くの会社が「集中回答日を見て横並び」のような動き方をしていましたが、この流れも崩れつつあり、集中回答日より前に賃上げを決定・発表する会社も結構ありました。例えば集中回答日の前に、吉野家は賃上げ率8.91%、松屋フーズも10.9%と発表しました。プラント大手の千代田化工建設も賃上げ率7%(約3万6000円)と、なかなか人が集まらない・人が辞めてしまう職種が早々と決めています。

一方で人気職種でも、満額回答かそれ以上との発表が見られます。例えば日本製鉄は賃上げ率14.2%、神戸製鉄所も12.8%、野村ホールディングスのような引く手あまたの企業でも「非管理職に対して平均7%、全体で平均3%」という賃上げの意向を明らかにしました(非管理職と管理職では少し違う、という点にはご注意ください)。

どうしてこんなに賃上げするかというと、皆さんが既に実感されている通り、物価上昇と人材獲得競争が大きな要因です。

ベースアップ実施に関する意向

この賃上げ率もさることながら、やはりベースアップ(ベア)がどんどん復活してきています。復活というのは何かと言うと、例えば2014年のベア意向調査では労働者側の方も「ベアを実施すべき」と回答したのは6割程度でしたが、今年は9割以上が「ベアを実施すべき」と回答しています。経営側も10年前には「ベアを実施すべき」はわずか1割強、特に2009年頃・リーマンショック辺りから「ベアなんかとんでもない!」という意識が大多数を占めました。しかし2014年頃になると政府からベアを促される「官製ベア」により意識が高まってきて、今年は5割が「ベアを実施すべき」と回答しています。

大企業の昨年度実施状況統計を見ても、大体4~5割ぐらいはベアを実施しています。当社でご支援している会社さんの多くが、額はともかくベアを実施していますし、定期昇給はもう当たり前のような状況です。

近年特徴的なのは、物価高を背景に、賞与よりも固定給(昇給)を希望することです。昔は「ボーナス一括でポンともらえて嬉しいよね」のような形でしたが、今はやはり賃上げの方が嬉しいという意識に傾いています。

近年の賃上げ動向のまとめ

去年も大幅な賃上げと言われましたが、今年も同等以上の着地見込みです。集中回答を見てから決める会社が多いという毎年の傾向を踏まえると、最終的には中小企業を合わせても去年以上の賃上げになると想定されます。

特徴的なのが、今まで横睨みでなるべく賃上げを抑えたい意図が会社側にありましたが、逆に他社に先駆けて、より大幅な昇給を決定表明する会社が増えています。同じような話で、労使交渉の基本パターンは経営側が組合側の要求を否定することが交渉の始まりというスタンスが主流でしたが、今は完全に協調に舵を切っています。

また、ベアが一般化しています。ベアに否定的だった経営側の意識が変化してきているということです。かつては賞与で多く支給する会社も多かったですが、それはもう通じなくなっています。「年収ベースではこんなに高いですよ」と言っても、コロナがあった時に賞与が減る経験をした方々も多いので、賞与はそんなに信用されず、賞与に片寄せすることが喜ばれなくなってきています。

賃上げ傾向の理由と今後の予測

これらを踏まえると、賃上げの傾向は今後も続くと想定されます。主な理由は以下の4つです。

1.政府の動向

政府主導で「どんどん賃上げせよ」という形は続きます。最低賃金を上げると最低賃金に近い方を賃上げしなくてはいけないし、最低賃金に近い方を上げれば他の方も上げていく必要があります。これによってベアも促進されていきます。いびつな賃金格差はよく指摘されることですが、これを是正する同一労働・同一賃金への取り組みも進みます。

2.企業の動向

人手不足というのが散々言われています。2009年頃の話ですが、「人が辞めたら雇えばいい、代わりはいる」なんてことを言う経営者がたくさんいました。もはや今その感覚は通じません。また「将来的に給与が上がっていくから最初は低賃金でも我慢しなさい」は、デジタル化・業務の高度複雑化に対応できる、専門性が高い優秀な人材にはもう通じません。現行の水準では採用できず、初任給1,000万円スタートもだんだん普通になってきています。

3.労働者の動向

人手不足に伴う売り手市場は誰もが感じていると思います。今まではなんとなく「採用するなら20代までがベストだけど、まあ30代前半までに定着してもらえれば」などと言われていたところも崩れています。昔は35歳転職限界説がありましたが、今はもはやそんな説はありません。処遇が悪ければ転職で処遇アップさせることが可能だと、労働者は知っています。「うちの会社は昇給しないのか、じゃあ外に目を向けていこう」と、入社したその日から転職サイトに登録するなんて状況も実際にあります。

4.世間的な動向

世間一般の賃金への関心が高まっています。「賃金格差がある企業や賃金が上がらない企業は、社会的責任を果たしていない」という厳しい言説もあります。特に2022年から顕著になった物価上昇により、世間全体の生活の厳しさが賃上げを後押ししています。

これからも減り続ける生産年齢人口、上がり続ける初任給

生産年齢人口はどんどん減り、高齢化率はどんどん上がっていきます。グラフの青色部分が生産年齢人口で橙色が高齢者人口ですが、こうなってくると若い方を採用しようと言ってもできなくなるのは必然です。

[出所]厚生労働省HP

初任給もそれに合わせて上がりつつあります。2024年3月新卒者の初任給は、23年度に比べて3.84%の伸びと想定されています。大手企業が「若者を採用するなら今のうちだ」と、減り続ける若者を採用するべくどんどん初任給を上げていくと、上げられる会社は他も追随して上げる、という流れで今後も加速度的に上がっていくと言われています。

特徴的な会社でいくと、例えばゲーム会社カプコンが25年度入社の初任給を28%引き上げ30万円にすると発表しました。これまでは「初任給が25万円を超えたらちょっと高いよね」との認識もありましたが、今や25万円は普通になってきて、30万円以上も珍しくはありません。採用に苦戦している建設業などは、数年連続で初任給を引き上げています。とにかく人が集まらず、人材確保が喫緊の課題となっています。

物価上昇も相変わらずです。物によっては、例えば最近は卵の値段が下がっているなどの報道があったとしても、全体的には上がっています。

最低賃金も加速度的に上がり続けます。国の政策で「最低賃金の全国加重平均1,000円」という目標を昨年突破したので、このままどんどん上げていって、全国の賃金格差もなくしていく方向を目指しています。そういった意味で最低賃金も(コロナのような特殊事情がない限りは)どんどん上がっていきます。

近年の転職理由で多いのは「給与が低い・昇給が見込めない」というものです。特に調査対象を20~30代に絞り込んだ場合はこれらが最も多い転職理由です。

人材の過不足感からしても、30歳代までは人材の取り合いです。先述の通り35歳転職限界説は今やなく、40歳も転職(中途採用)ターゲットに入っています。昔は40歳前半だと「あまり処遇しなくてもいいのでは」という発言もよく聞かれましたが、最近は「40歳もしっかり処遇していきましょう、定着してもらいましょう」と期待している会社も多いような状況です。

今後の動向予測のまとめ

当社も人材系の会社なのでお金だけでなく、かねてよりトータルリワード(人がモチベーションを持つ8つのテーマ。組織への共感が大事・成長が大事など)の話はしていました。本来、報酬の高さや昇給は、モチベーションを生み出す一要素でしたが、今や最低条件になりつつあります。「仕事で最も大切なのは報酬じゃない、〇〇だ」なんて話はもうできなくなるのです。

ここまでのいろいろな予測を踏まえると、今後も高水準な賃上げが継続するでしょう。ただそれを上回るような、「世間が5%ならうちは10%の昇給だ」などと、大幅な処遇改善や給与水準の高さを戦略的に打ち出してくる会社も増えていくと見込まれます。給与水準が低い・昇給しない会社は、社会的責任を果たしていないなど、イメージの悪化につながる恐れがあるからです。

そうは言ってもいつか息切れしてしまうかもしれません。会社によっては、特に大手企業では報酬の高い層の人材を排出させ、その分の人件費を報酬の低い、もしくは採用したい層に当てることを戦略的に行っているようです。しかし企業はそのような策が可能な大手企業ばかりではありません。そこで、企業は今後どうしていくのが良いかを次回のコラムで解説します。

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